観光地に行くな、ただ「湯」に浸かれ。50代が最後にたどり着く『戦略的逃避行』のススメ
世の中の旅行ガイドは、キラキラしすぎている。「絶景スポット巡り」「食べ歩き」「インスタ映え」。正直に言おう。50代を過ぎた我々には、休日にそんなスタンプラリーをこなす体力はない。もはや「思い出」を作る体力すら残っていないのだ。
会社で気を使い、家でも気を使い、さらに旅先でも「計画通りに楽しむ」というタスクを課すのか?それは旅行ではない。場所を変えた「残業」だ。
だから私は提案する。50代の旅に、観光はいらない。必要なのは、日常からの「戦略的な逃避」だけだ。
「逃避」と聞くとネガティブに聞こえるかもしれないが、そうではない。パソコンがフリーズした時、一度電源を落として再起動するように、人間にも強制再起動(リブート)が必要な瞬間がある。目指すのは「絶景」と「静寂」。誰の親でもなく、誰の上司でもない「ただの自分」に戻る時間を買いに行くのだ。これは弱さではない。明日もまた戦場(日常)に戻るための、高度な生存戦略なのである。
50代の温泉旅行に「観光」はいらない。
温泉街を歩き回る体力があるなら、その分、ぬるま湯に10分長く浸かっていたい。
わが流儀、「戦略的逃避」を極めるための鉄則
この「戦略的逃避行」を成功させるために、私は自分にいくつかのルールを課している。守るべきことと、捨てるべきこと。これらを徹底することで、旅の純度は格段に上がる。
【3つの禁止事項】— これを捨てる「3ない運動」
- お土産は買わない 職場への温泉饅頭?家族へのご機嫌取りの品?買うな。お土産を選ぶ瞬間、脳裏に「あいつの顔」が浮かんでしまう。それでは逃避にならない。今回の旅は、誰のためでもない。100%自分のためだけのものだ。
- 名所には行かない 温泉の近くに有名な神社があっても、行列のできるプリン屋があっても、無視する。「せっかく来たんだから」という貧乏性を捨てろ。温泉に浸かり、休憩室で漫画を読み、また浸かる。このループこそが至高なのだ。
- 映える飯は食わない 行列に並んで食べる豪華な海鮮丼よりも、風呂上がりの食堂で食べる「蕎麦」や「生姜焼き定食」の方が、50代の胃袋と精神には優しい。「並ばない」ことこそが、最大の贅沢だ。
【3つの必須事項】— これを守る「3つの鉄則」
- 「午前中」に到着せよ 午後はファミリーや大学生で混み始める。開店直後(9時〜10時)が最も静かで、湯も綺麗だ。誰にも邪魔されない一番風呂の静寂を味わうのだ。
- 「タオル」は持参せよ レンタルタオル(300円〜)は無駄な出費だ。お気に入りの「マイ温泉セット」を車に積んでおけば、旅慣れた男の雰囲気を醸し出せる。
- 「飯」は蕎麦かカレー 豪華な料理は胃にもたれる。風呂上がりの火照った体に、冷たいざる蕎麦を流し込む。これ以上の贅沢があるだろうか。
私が選ぶ、最初の戦略的逃避のための「3つの聖域」(川崎発)
ここでは私が愛車のHonda Fitや電車で、川崎エリアからふらりと向かう3つの聖域を紹介しよう。
【近場の聖域】溝口温泉 喜楽里 (Kirari)
- 推しポイント: スーパー銭湯だが、「中学生以上しか入れない」という年齢制限があるため、子供の走り回る声が一切ない。50代が静かに本を読んだり、寝転んだりするには最高の環境。
- 場所: 川崎市高津区(第三京浜「京浜川崎IC」からすぐ)
- 予算: 入館料1,100円+食事約1,000円=合計 約2,100円
【海の逃避行】横須賀温泉 湯楽の里 (Yura no Sato)
- 推しポイント: 露天風呂が「海と一体化(インフィニティ風呂)」している。目の前の東京湾を行き交うタンカーや軍艦をボーッと眺めるだけで、仕事のストレスが波に消えていく。ドライブコースとしても優秀だ。
- 場所: 横須賀市馬堀海岸
- 予算: 入館料1,330円+高速・ガソリン代約2,000円+食事約1,200円=合計 約4,500円
【本格派の隠れ家】箱根湯寮 (Hakone Yuryo)
- 推しポイント: 箱根湯本駅から無料送迎バスですぐだが、森の中にあり「隠れ家感」が凄い。本格的なサウナ(ロウリュ)も完備され、スーパー銭湯感のない「本物の湯治場」の雰囲気で、「遠くに来た感」を味わえる。別料金だが、貸切個室露天風呂は自分への最高のご褒美になる。
- 場所: 神奈川県足柄下郡箱根町
- 予算: 入館料1,900円+交通費約2,500円+食事約1,500円=合計 約6,000円
結論:最高の土産は「何も得なかった」という実感
夕方、帰りの車内。体はポカポカし、肌からは微かに硫黄の匂いがする。頭の中のノイズは消えている。手には何のお土産もない。スマホのカメラロールにも、大した写真は残っていない。
家に着いたら、冷えたビール(または炭酸水)をプシュッと開ける。「今週もよく生き延びた」。誰にも感謝されなくてもいい。この一杯のために、私はまた月曜日から働くのだ。
「何も得なかった」という最高の成果を持って、私は家へ帰る。